君の手を離す日

いつかくるその日まで、子育てを頑張って楽しむブログ。

父が永眠しました

11月12日土曜日、父が亡くなりました。
70歳の誕生日を迎えたばかりでした。

65歳で定年し、さあこれからというときにガンが見つかりました。約4年間の闘病生活を経て、父は永い眠りにつきました。

よろしければ少し、思い出話にお付き合いください。


私が息子を授かったことが分かったのは、父がガンを宣告されてから1年ほど経ったときのことです。父も本当に喜んでくれました。「孫の顔を見るまでは死ねんなあ」と、頑張って治療に取り組んでくれました。


私が息子を産んだ頃、父は余命一年と診断されました。父も自分の余命のことは知っていました。それからは数か月おきに神奈川から大分に帰り、孫の顔を見せてきました。


◆2015年1月◆
最初に会わせることができたのは、息子が生後3か月のときです。まだ首も座っていない頃です。

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父は息子を抱っこして、ミルクをあげてくれました。抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けたため、帽子をかぶっていました。



◆2015年4月◆
次は生後7か月のとき。

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春になり外も暖かくなってきたので、息子を連れてお出かけをすることにしました。みんなで一緒に水族館に行きました。父は進んでベビーカーを押してくれました。



◆2015年9月◆
3回目は1歳になったころ。息子が生まれたころに余命一年と言われていましたが、息子が一歳になっても父はまだ元気でした。

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腫瘍マーカーの数値が下がったため抗がん剤治療をストップしたら、また髪が生えてきました。このまま病気に打ち勝つことができるのではないか、と家族は希望を持っていました。このとき息子は伝い歩きをしていたので、父は「早く歩くところが見たいなあ、間に合うかなあ」と言っていました。



◆2015年12月◆
息子がトコトコ歩けるようになった1歳3か月ごろに、また実家に連れて帰りました。父は、息子が歩く姿を目を細めて見ていました。

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◆2016年5月◆
「父が倒れて救急車で病院に運ばれた、かなり危ない状態」と母から連絡が入りました。1歳8か月の息子を連れて、慌てて帰省しました。

病院に息子を連れて面会に行くと、父には呼吸器やチューブがたくさんついていました。その姿を息子が怖がり、個室の病室から出たがって泣いたので、私としてはとても辛かったです。父は「こげなん(こんなもの) いっぱい付けちょんけん、怖いんかのう」と悲しそうに言っていました。

しかしその後、父は驚異的な回復を見せました。医師からは「覚悟してください」と言われていたのに、日に日に容体が安定し、吸入する酸素量も減りました。ただしその後息を引き取るまでの半年間、退院することは叶いませんでした。



◆2016年8月◆
息子が1歳10か月のとき、病院に父の様子を見に行きました。

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このとき息子は「じいじ」と呼びかけることができるようになっていました。父は「かわいいのう、かわいいのう」と言い、息子の名前を何度も呼んでいました。これが、私たちの最後の思い出になりました。



◆2016年11月◆
容体が急変し、父は静かに息を引き取りました。私は、間に合いませんでした。


息子は現在2歳2ヶ月。父は余命1年と言われていましたが、倍以上の長さを生きました。おかげで、息子がしゃべり始めるところまで成長を見守ってもらうことができました。


葬儀で父のスナップ写真が必要になるため、古いアルバムを見ていたら、こんな写真が出てきました。

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写っているのは、若かりし頃の父と、私。

私もこうやって父に育てられてきたのですね。今までありがとうね。

ゆっくり、休んでください。